1.「”勤め人”はもういいかな」
岩崎氏は現在60歳。職歴は水泳のインストラクターから始まり、スイミングクラブやボウリング場の支配人を務めてきた。独立を考えるきっかけは、7年前、会社の創業者が逝去。そこから会社が大きく変わり始める。古いものから新しいものへと、過去の経験は重視されなくなる雰囲気に。2年前に創業者の子が会社を継ぐと流れは加速。創業者とともに会社を作ってきたベテランはもとより、若手までがぽつぽつと会社を辞めていく。そんな中、岩崎氏は当時執行役員として会社の変容と辞めていく社員の間に立ちながら「”勤め人”はもういいかな」と思い始めていた。

2.ボウリングの支配人からITエンジニアへ
「”勤め人”はもういいかな」と感じていた岩崎氏。定年を迎え、躊躇せず独立起業を選んだ。仕事の内容は、ITコンサルタント・データアナリスト・システム開発。ボウリング場の支配人がなぜITコンサル?と思うが、氏の学生時代からの趣味に答えがあった。

株式会社 ファイヤーフライ 岩崎社長

大学は理工学部で物理を専攻。当時大きな汎用機を使ったコンピュータの授業があり、FORTRANやCOBOLでのプログラミングに面白さを感じ夢中に。自分でもパソコンを買い、Basicから始まり、Lisp、Pascalといったプログラミング言語やDelphiといった統合開発環境に手を出すようになっていった。

そのうち、趣味の領域を超え、自分でアプリケーションを作って会社に適用するようになる。支配人の仕事をしながら、”一人情報システム”として会社の情報システムを一手に引き受けるような立場に。会社に適用するアプリケーションを作っているうちに、それぞれ作りやすい言語を選択していき、気が付いたら様々なプログラミング言語を手掛けることになっていったという。

3.経営とITの”つなぎ”役に
そんな中、会社のシステム構築のためにベンダーから見積もりをとることに。複数の会社から見積とると、金額はなんと20万円~400万円の幅が。大手のベンダーからの見積もりが一番高かった。素人は大手に頼めば”いい”システムを安心して導入できると思ってしまうが、岩崎氏は違った。各社の仕様を確認。提案しているベンダーが以外と自分たちの事業や経営規模を考慮していないことがわかった。大手のシステムは自社にはオーバースペックで適用しにくいことに気づき、一番会社にフィットした会社を選択。無駄なコストをかけずにシステム導入を実現できた。

こうした経験から、中小企業にITをわかる人が少ないこと、ITベンダーも事業や経営には詳しくなく経営とITの”つなぎ役がこれから企業のIT化には不可欠だと感じた。自分であれば、経営もITもわかり、かつスイミング業界やボウリング業界の人的ネットワークもある。この業界は中小企業も多くシステム化は進んでいない。自分の経験を活かしながらITコンサルとして業界のIT化を支援できるのではないかとエンジニアの道を選択することに。

4.プログラミングへの”情熱”
現在は、水泳のインストラクター募集事業のシステム構築支援を、理事として担いながら、自らの会社の事業としてICカード勤怠管理のパッケージを切り口に、業界へのITコンサルタントを担うビジネスを立ち上げ中だ。経営者としても会員数減少に陥っていたクラブをブランディングし、会員拡大と大幅な黒字化を達成した手腕をもつ同氏、業界での、経営とITの”つなぎ”役を目指す。「中小企業の経営者も世代も替わりITへの理解も増えている。今まではコスト削減のIT活用だったが、これからは販売を伸ばすITを提案できるとコンサルタントとしての強みになるのではないか」と説く。

事業立ち上げに忙しい岩崎氏だが、プログラミングへの興味も尽きない。現在もAIの活用に向け、Pythonを覚え始めた。スキル習得に中野区で進める産業振興推進機構(ICTCO)を利用し非常に役に立っていると話す。理解できない部分があれば、ICTCOの参加企業の若手に気軽に質問しながらプログラムを作り上げているそうだ。会社名のファイヤーフライという名前も、機械学習のアルゴリズム名から名付けているという。

5.これから”選択”を迎えるシニアへ。”老害”とならないために。
岩崎氏が定年時に、再雇用ではなく独立を選択したのは、「65歳になってほうりだされても、その時から始めて大丈夫なのか。今だから、まだ出来る!」と考えて決断したそうだ。

岩崎氏は、シニアにとって健康と体力が重要と語る。もともと水泳のインストラクターだった氏は、今でも週1回は必ず泳ぐそうだ。若いうちは運動すればすぐ体に筋肉がつく。しかし年をとると運動しても効果が出るまでに数週間かかるそうだ。効果がでないなと思って運動をやめれば、代謝能力も落ち太ってくる、さらに動きにくくなるという悪循環をもたらすという。動かなくなってから、動き始めても手遅れだと。だからこそ、早めに動いてかつ継続することが重要と語る。人生の選択も同じだ。”できるうちに早めに”ということだろう。

またエンジニアは、技術の移り変わりが早い。WEB、スマホ、AIと範囲も広がってくるシニアは会社でそれなりに経験も積み、勉強もしてきていると思うが新しいことへの勉強も必要ではと説く。
さらに重要なのは、経験の論理化。経験を”勘”としてではなく、”論理的”に語れるようにしないと、若い世代には理解できない。理解されないと”自説をまげないただの老害”になってしまう怖れがあるのではと語る。

6.自分の人生を”選択”していくために
岩崎氏とお話をしていて、やはり”好きこそものの上手なれ”だなと感じた。プログラミングを趣味から仕事に、さらに独立の糧にと”やりたいこと”を着実に一歩一歩実現してこられている。60歳過ぎてもプログミングへの興味はつきない、若手にどんどん質問しながら新たな言語へと挑戦している。”水泳選手が一番プログラマーに向いているスポーツ選手なんです”とにこやかに語る岩崎氏の姿にITエンジニアとしての情熱を感じた。自ら実践されて来た、決断の時期の早さ、勉強の必要性、経験の”論理化”など、シニアが人生を創りあげていくために必要な要素の示唆を多く気づくことができた。
長年携わってきた、水泳業界やボウリング業界への愛着も深く、今後ネットワークを活かし、ITコンサルタントとして”経営とITのつなぎ役”としてのご活躍を期待している。

今回中野区産業振興推進機構(ICTCO)様の紹介にてインタビューを実施させて頂いた。お忙しい中インタビューにお応え頂いた岩崎様と調整頂いた千種様、つないで頂いた(株)セピアの向井様に御礼申し上げたい。